ただ一度だけ

私は父から「勉強しなさい」と、一度も言われたことはない、否一度だけあるのだ。

それは寒い冬の夜。夕飯の後片づけをしている時だった。「E子、明日は期末試験だろ、それくらいにして勉強したら」と、父に言われた。「ハイ」と答えたが作業は続けた。

当時の田舎の炊事場は土間で寒く、ポンプで水をくみ上げて洗い物をしていた。
勿論今のように温水が出るわけではない、私がしなければこの辛い作業は病弱の母がすることになると思うと止めるわけにはいかない。翌朝の準備を済ませて机に向かった。

あまり細かいことは言わない父だったが、見守ってくれているのが身に染みた。

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高校卒業後、就職して半年。勧められて会社の資格試験を受けることになった。
夜机に向かっていた私の傍に父が来て 「E子、もう英語の辞書を買い換えたらどうか」と言ってくれた。

英語の辞書は 父から譲り受けたもので高校時代から使っていた。
Fのページが何故か3枚ほど欠けていたのだが、紙質が良くて、当時出版された辞書のざらざら感とは違って使いやすかった。このことを父に告げた。

翌日、会社に近所の方が自転車で駆け付け「お父さんが危篤、この自転車で早く帰りなさい」。必死でペタルを踏んで帰宅したが、父はもう、幽冥境を超えていた。昨晩の父との会話での言葉が最後のものとなった。    

父が旅立って71年余り、思い出の父は、いつも穏やかで温かく優しい、もう言い尽くせない、ありがとう。合掌

(余談ながらショックで受験は取りやめた)


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ただ一度だけ への2件のフィードバック

  1. 井上哲朗 より:

    優しいお父さま、涙がでそうです。お父様が使っていた辞書を使ってた辞書を使う、お父さまへのお気持ちがうかがえます。その後の突然のご不幸、お悔やみ申し上げます。
    私は酷い父親だったと反省してます。
    私も子供二人に勉強しろと云ったことはないが、無言の中に厳しい基準を作っていた気がします。クラスで1,2番は当たりまえ、学年でトップ10番以内、当然高校受験何か目じゃない、、、大学は国立に悠々通るのが当たり前、という態度だった気がします、、、単身赴任をしていたり、仕事しか眼中にない父親ですべてカミさん任せ、ひどい父親です、、子供に無言のプレッシャーをかけていたと思います。
    長男は2月生まれで幼稚園では完全な落ちこぼれだったんですが、小学校1年の中頃くらいからなんとか軌道に乗せることができました。後はノータッチ、まあ子供が頑張ってうまく行ったから良いけど、一歩間違えば、、、。

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    • satonotayori より:

      私の場合は女の子であったことと“時代”の変遷もあることでしょう。反省とおっしゃいますが、井上様のご子息への対応はこの世代の一般的なものだと思います。素晴らしいお子様方で頼もしいですね。明るく温かいご家庭に乾杯です。

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